ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

さわやかな風を感じる物語

虹の岬の喫茶店 』の

イラストブックレビューです。

   

虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)

虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)

 

 小さな岬の先端にある喫茶店。
この店では美味しいコーヒーとともに、お客さんの
人生に寄り添う音楽を選曲してくれる。
そこに訪れるのは、心に傷を抱えた人たち。
女主人の言葉と音楽、染み入るようなコーヒーの
美味さに、お客の心はほぐれ、目線を上げていくのです。

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妻を病気で亡くし、幼い娘を抱えて途方に暮れる父親は
娘とともに虹を探す旅に出かけます。
虹を追いかけて車を走らせたその先に、喫茶店はありました。
いかにも手づくりといった風情の、青いペンキで塗られた
木造の建物。店内もこぢんまりとしているのですが、窓からは
明るい海と空と草地が、まるで素晴らしい絵画のように
目に映ります。

女主人が淹れるコーヒーが、またじつにおいしそうなのです。
とても優しい味で、一口飲んでため息が出てしまうほどだとか。
もしかしたら、この父親が優しい味、と感じたのは
彼自身が優しさを必要としている、欲していることだったのかも
しれませんね。

妻が亡くなってまだ数日。
事情を理解しきれない4歳の娘と、どうにか毎日を過ごしながら
哀しみと不安に満ちた日々を過ごしてきたのでしょう。
茫然としていたのかもしれません。

そんな心情のもとで、口にした沁み入るような味のコーヒー。
そして女主人があなたたちに、と選曲してくれたのは
アメイジング・グレイス』。
直訳すると「驚くほどの恩恵」、という意味だと女主人は言います。

私たちは知らぬ間に、多くの恩恵を受けている。
ハッとする言葉ですね。
当たり前に過ごす毎日の中にも、様々な恩恵があるのです。
父親にとっての最大の恩恵は、この幼い娘になるでしょう。

現実に戸惑い、絶望し、不安を感じている時に、天から差す
一筋の光のように、今ある恵みに気づかせてくれた女主人。
彼女もまた、心に深い悲しみを持っているからこそ
父娘にぴったりな選曲で、彼らの心に寄り添えたのかしれません。

美味しいコーヒーとサービスのバナナアイスをごちそうになり、
大切なものに気づいた父親。
知らぬうちに、先の事を考えるようになります。
陶芸家である彼は、この店をイメージした、このコーヒーに
合うカップを作ろうと思いつくのです。
そのカップをプレゼントしに、またこの店に来ようと。
それは、未来向かって歩き出す、第一歩となったのだと思います。

青い空と海、下草の緑。落ち着いた店内。
美しい色を感じる情景と、一歩外から見守るような登場人物たちの
優しさは、凪いでいる海のような、そよそよと吹く風のような
爽やかな空気が流れているようです。

他にも、就職活動がうまくいかない学生や、喫茶店に入った
泥棒など、さまざまなお客さんが喫茶店に訪れます。
心にモヤモヤを抱えた彼らは、美味しいものを口にし、
美しい景色を見て、現況に苦しむ自分から、外に向かっていく
自分へと焦点をシフトしていくのです。
そんな力がこの喫茶店と店主にはあるようです。

しかし、女主人も高齢であるがゆえいつまでも元気いっぱい、
という訳にもいかず、歳を感じて重い気分になることもあります。
そして迎えた嵐の夜を過ごした後、彼女が見つけた景色とは。
それは、老いゆえに店をやめようという自分を、背後へと
押しやるのに充分な、ずっとさがしていた景色だったのです。

こうした情景もとても美しく、これは女主人だからこそ
見えるものであり、見る資格があるのだと、強く感じました。
彼女がこれまでと変わらずに生きていくのだ、と決意するのに
充分な説得力のある描写です。

全編を通して、情景も、登場人物たちの悩みや苦しみ、
そして解決に至る過程もすっきりとして心地よく、
それでいて説得力があり、読後感がとても良いです。
作品全体に岬から吹くさわやかな風を、自分も受けているように感じました。