ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

7時間半のうちに巻き起こる ドタバタ人生劇場

七時間半』の

イラストブックレビューです。

    

七時間半 (ちくま文庫)

七時間半 (ちくま文庫)

 

 東京‐大阪間が七時間半かかっていた頃、特急列車「ちどり」を
舞台にしたドタバタ劇。
給仕係の藤倉サヨ子と食堂車コックの矢板喜一の恋のゆくえ、
それに横槍を入れる美人乗務員、今出川有女子と彼女を射止めようと
奔走する大阪商人、岸和田社長や大学院生の甲賀恭男とその母親。
さらには総理大臣を乗せたこの列車に爆弾が仕掛けられているという
噂まで駆け巡る!!

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物販販売と食堂車で会計責任を務める藤倉サヨ子は、
真面目で仕事ができる女性。
見た目は地味ですが、余計なことは喋らず、決してミスせず
優秀な仕事ぶりのため、責任者の役割を任されています。

サヨ子は、今回の乗車で、食堂車のコックである喜一に
結婚を申し込みます。そして、乗車後に返事を聞かせて欲しいと。
サヨコの実家は弁当屋であり、いずれ喜一と一緒に店を
やっていきたいと思ったからでした。
将来を見据えて、そして女性から結婚を申し込む!
その凛として明確な態度に、女の一生をかける
覚悟がひしひしとつたわってきます。

一方喜一は、食堂車のコックとしてもっと仕事を極めていきたい、と
思っているところ。弁当屋は継ぎたくありません。
しかし、サヨ子という女性は控えめでありながらよく気がつき
仕事ができる最高な女性であるため、嫁としてはこの上ない相手だと
思っています。

この2人にちょっかいを出すのがちどりガールの今出川有女子です。
このちどりガールというのは、指定席車輌において
乗客の席の確認や、荷物の上げ下ろしなど主な業務とし、
飛行機のCAのような役割を担っているようです。

衣装も化粧も近代的(昭和30年代において)。
中でもひときわ華やかな容姿を持つ、華族出身の今出川有女子は
モッテモテ。大阪の成金社長に大学院生、結核で入院していたが
今は回復した好青年など、彼女を狙う男は山ほどいます。

そのくせ、純な喜一にちょっかいを出して、サヨ子が不快な
表情を浮かべるのを楽しんだりします。
こういうあからさまなカンジ、いいですね。
やなやつ〜!って思いっきり言えるところが、見てる者も
逆にスッキリするといいますか。わかりやすくていい。

どの男にしようかな、と思わせぶりな態度を示しつつ
冷静に考えている有女子。
しかしガツガツしている風でもなく、上品にすら見えてしまうのは
華族出身の為せる業でしょうか。
若き女豹のごとく、男を狙う、というより狙われているのですが
その姿は何故か憎めず、サヨ子との違いや対立を際立たせる
素晴らしい役割を担っています。

2人の女性を巡る恋模様のドタバタに加え、なんとテロ情報が
舞い込みます。
首相を乗せたこの特急ちどりのどこかに爆弾が仕掛けられ、
首相が下車する京都の手前で爆発を起こす、というのです。

ここからまた、登場人物たちの気持ちに変化が訪れます。
ひょっとしたら自分は死ぬかもしれない。
もしそうなったとしたら。

7時間半の間に、登場人物たちは様々な人生観の変化を体験します。
自分の目指す将来のこと。
自分が希望する伴侶のこと。
今の自分のこと。

死ぬかもと思ったことで、今まで自分が信じていた進むべき道
というのがガラガラと崩れていくのです。
その後の、登場人物たちの選択がまさに多様。

やっぱりね、と納得の結果を選ぶ者あり、ええっ!そうなるの?
という結果を選ぶ者あり。
または、選択できなかった者もあります。

サヨ子と有女子、2人の女性の変化していく様子が
非常に興味深く、また、ラストについてもえ?そうなる?
と思いながらも、彼女らが生きてきたバックグラウンドを
考えるとまあ、そうなるのかなと納得してみたり。

女の戦い、男の優柔不断さ、きな臭い犯罪の匂い。
惹きつける要素が盛りだくさんで、ユーモアたっぷりで
時にホロリとさせる、素晴らしいエンターテイメント小説です。
時代を象徴するような要素がたくさん入っていますが
それがまた当時のエネルギッシュな空気を余すことなく伝える
ことに役立っています。
こんな面白い小説があったんだ、と素直に嬉しい気持ちになれる
小説です。