ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

いなくなった私へ 近づいていく

いなくなった私へ 』の

イラストブックレビューです。

    

いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

いなくなった私へ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 

 人気絶頂のシンガーソングライター・上条梨乃はある朝、
渋谷のゴミ捨て場で目を覚ます。昨夜からの記憶はなく、
道を行く人たちからは誰からも梨乃と気づかれない状況に
困惑する。
をして街頭ビジョンには、自分が自殺したというニュースが
流れていた。

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大人気のシンガーソングライターである自分が自殺した。
そんな衝撃的な状況からスタートする主人公、梨乃の物語。
自殺したという昨夜の記憶もなく、自殺をする心当たりもない。
そして何しろ、誰も私を上条梨乃だと認識してくれない…。

驚きと困惑のあまり動けなくなる梨乃のことを
「上条梨乃さんですよね?」と声をかける青年があらわれます。
その青年は優斗と言う名の大学生。
優斗自身も周囲が梨乃のことを認識しないという事態の異常性に
疑問を持ち、2人で解決しようと行動を起こします。

梨乃の自殺現場へと赴いた2人に声をかける少年が登場します。
その少年、 10歳のいっくんは、梨乃と同じく他人に自分のことを認識して
もらえないと言うのです。
いっくんは梨乃の自殺現場を目撃した後、自動車に轢かれて
死亡していました。

ここから新メンバーいっくんを加え、3人で謎を解くために様々な活動をはじめます。
本当に梨乃といっくんは死んだのか?
ネットの情報や優斗が学ぶ心理学の見地から予測を立てます。
そこからすでに死んでいる、という結論が導き出されます。
それは2人にとって、とても残酷なことです。
2人は本人の記憶を持って、生きて、活動しているのに
家族や友人たちは誰も2人を認識せず、死んだということに
なっているのですから…。

ことにいっくんは、事故があった後、家族のもとに赴き
母親や祖母などに直接「あなた誰」と知らない子の扱いを受けています。
10歳の少年にとって、母親から拒否されることはどんなにつらく
悲しいことか。普段は口数も多く、明るく振る舞ういっくんですが
母親へのインタビュー動画を見て泣きながら眠ってしまうという
面も見せます。

2人が死んだ時の状況にはある共通点があります。
大学生の間で流行しているという新興宗教です。
少しずつ、この宗教の情報が出されてくるのですが、その
順番や出し具合が絶妙で、うまいなあと思わず唸ってしまいました。

2人が別の人間としての生活にも次第に慣れてきた頃、あるニュースを
きっかけに、いっくんが自分が死んだ時の記憶を戻します。
そして梨乃も、自分の死んだ状況を思い出します。
しかし、そこには二度目の死を迎える危険が訪れるのです。
梨乃を救うのは悠斗です。
悠斗が救えたのにも理由があるのです。これがまた衝撃的。
ある程度予測はできますが、やっぱりショックを受けてしまう
のは、彼の包み込むような優しさや穏やかさ、悲しさに
大分共感していたからのようです。

また、音楽、芸能面の記述についても楽しめます。
梨乃としては生きることはできないけれども、音楽が得意な
女子大学生ということで、悠斗のバンド仲間と演奏する機会を
得た梨乃は、シンガーソングライターとして歌っていた頃とは
異なる音楽の喜びを感じます。
彼女の歌声が聞くものに響いていく描写を読むと、自分にも
同じ歌声が聞こえてくるかのような錯覚を受けます。

これまでの自分と別れる哀しみ、そして新たな自分として
生きていく決意はその歌声に乗って、どこまでも人の心に
染み入っていくのです。

ミステリとしては設定が斬新で、構成もしっかりしているので
最後までぐいぐい読めておもしろいです。
そしてまた、音楽に携わるものの生き方や、音楽を発するものと
受けるものの気持ちに寄り添えるような、そんな物語です。