ぬこのイラストブックれびゅう

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雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

母の型から抜け出せない

『あのひとは蜘蛛を潰せない』の

イラストブックレビューです。

 

あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

 

 

ドラッグストア店長の梨枝は、母と実家暮らしの28歳。
母から押し付けられるきちんとしなさい、という型から
抜け出すことが出来ず、息苦しさを感じている。

アルバイトの大学生と恋に落ちた梨枝は、家を出て、
一人暮らしを始める。母からの束縛から解放され、彼氏とも
仲良くすごし、何もかも順調に思えていたのだが。

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母親と梨枝のやり取りは、知りもしない人の悪口を
無理やり聞かされているような、そんなムカムカした気分になります。
やり取りと言うか、一方的に母親が自分の価値観を娘に
押し付けているのだけれど。

母親と喧嘩になるのが嫌で、ハッキリと自分の意見を言わない梨枝にも
イライラしてしまいます。28歳なんだから、何でも自分で
決めて実行したらいいじゃないの!と。
梨枝の、母親に対する従順さというのは、昔、幼児の頃に亡くなった
梨枝の弟が原因となっています。
小さな赤ん坊の死を前にして、親戚から罵られる母親をかわいそう、
と思ったから。一緒にいてあげなくては、と思ったから。

そんな状態で母親と共に過ごしていた梨枝も、彼氏ができて
ようやく自分の意思を主張するようになります。

まずは母親から解放された自由を謳歌し、彼氏とも仲良く
したことにより、はじめて他人の考えることと自分の考えることは
違う、ということに気がつきます。母親にすり込まれた価値観は
必ずしも周囲の人みんながそうは思っていないこと、そして
自分すらもその価値観に同意していないかもしれないこと…。

1人になって他者を見る目ができる。
1人になって、自分を見つめざるを得ない状況になりながらも
母がかけたフィルタが邪魔をするように感じている梨枝。
梨枝にとって一人暮らしとは、他人を引き寄せる喜びと、自分が何者であるかを
見失うかのような不安を呼び寄せるもののようです。

恋人と距離を置き、嵐のような心の浮き立ちから一気に
転落し、身を引きしぼるようにして日々を過ごす梨枝。
娘に家を出て行かれ、息子夫婦と孫を迎え、料理のまずい
嫁に文句ひとつ言わず、耐えているような素振りの母。
自分の寂しさをネットで紛らわす、梨枝の幼なじみでもある
兄嫁。

登場人物がそれぞれの立場で、自分の寂しい思いを
内に抱えて生きていく。そして環境が変わっていくことで
困難な状況を乗り越えていくのです。
やさしさ、さみしさ、よろこび。
1人の女性の、1年間くらいの出来事の物語なのですが、
主人公や登場人物たちのあらゆる感情が細やかに、静かな美しさを持って
描かれています。

作中の登場人物、起こる出来事、そこで得る気づき。
読者によってそれぞれに響く部分を感じる。
そんな物語なのではないでしょうか。