ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

あなたの隣にサイコパスはいるかもしれない

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

まんがでわかる隣のサイコパス 』の

イラストブックレビューです。

 

サイコパス=凶悪犯罪者だけじゃない!!
社会のなかで活躍しながら普通の人の生活を脅かすサイコパスな人々とは。
世間に潜むサイコパスたちが隠し持つ「人格」をまんがで解説。

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サイコパスの正式な病名は「反社会性パーソナリティ障害」。
大きな特徴として、他者の気持ちが理解できない、他者コントロール
しようとする、という性質を持っています。本人としては特に困ることも
ないため、自分自身でサイコパスを疑い、病院に訪れる患者は稀だそうです。

その特徴が、魅力的に現れることもあります。他人の気持ちに囚われない分、
迷いなく発言や行動をすることができるので、仕事面で大きな成果を出す
場合も往々にしてあります。決断も早いし、発言や行動も自信に満ちているため、
できる人、という印象与えます。

その一方で、相手が不愉快になったり傷ついたりすることに何も感じない
ために、自分の都合によって相手を思うままにコントロールしようと
する面があります。本書では、さまざまな例を漫画であげています。
現場を自分色に染め上げ、傘下に入らない人間は徹底的に排除する。
グループの紅一点として存在し、男性全員の目を自分に向けさせ、
チームワークを乱すことを楽しむ。
家族のことは意に介せず、自分の思い通りに事を進める父親。

こうした事例を見てみると、職場の上司、同僚、家族など、案外身近に
「こんな人いたわ!」と思うことに驚きます。自分の場合は、学生時代の
バイト先に、バイト先の男性全員と何らかの関係を持っていた女性が
いましたし(そんでまたその男同士をトラブるようにさりげなくけしかける)、
職場の上司では自分の言うことを聞く後輩を集めてチームのようなものを
作り、チームに属さず言う事を聞かない後輩に大きな声でダメ出しをし続ける
人物なんかもいました。

周りの人間関係ギスギスさせたり、人を嫌な気持ちにさせたりして
(しかも偶然でなく必然的に発生させる)何でこんな事するのかな?
と不思議に思っていたのですが、本書を読んで納得。
サイコパスは基本的に、常に退屈を感じていて、リスクや危険を顧みず、
隙あれば刺激を求める傾向があるのだそうです。なるほどね。

そんな困った性質を持つサイコパスですが、会社の業績が停滞している
ときなどには、現状を打破することに迷いはなく、新しい発想にも抵抗が
ないので革新的な行動をためらうことなく実行することができます。
停滞気味な社会の中では彼らのような革新者は一定数必要なのかもしれません。

とはいえ、ターゲットとされてしまったら、とても敵う相手ではありません。
何しろ、良心の呵責も、他人の気持ちを理解することもありませんから、徹底的に
やられてしまいます。本書で勧めている対処法は「とにかく逃げる」。
取り返しのつかないダメージを受ける前に逃げたほうがいいと。
苦労して入った会社だから、大事な取引先の相手だからと、我慢して相手の
言いなりになっていると、立ち直れないほどのダメージを負ってしまうかも
しれません。

近くにサイコパスがいたら、トラブルも多く自分にとって生きづらい環境と
なるかもしれません。その一方で、サイコパスにとってもこの世界は退屈
極まりなく、他人の気持ちがわからないために孤独であり、やはり生きづらい
環境なのかもしれないな、と感じます。サイコパスは、その心の奥に決して
満たされることのないものを抱えている人たち、とも言えるのかもしれません。

思い、続けながら生きていくということ

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

手のひらの音符 』の

イラストブックレビューです。

 

デザイナーの水樹は45歳、独身。仕事が好きで頑張ってきたが、
会社が服飾事業から撤退することに。途方にくれる水樹に、中高の同級生、
憲吾から恩師の入院を知らせる電話が入る。見舞いのために帰省する最中、
懐かしい記憶が蘇る。あの頃が水樹に新たな力を与えてくれる。

 

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好きなことを仕事にして、一途に頑張ってきた水樹。しかし、会社からは
当該事業の撤退を告げられ、転職を検討しなければならない事態に追い込まれます。
何とか次の会社を見つけた水樹ですが、デザインとは関連のない仕事。
しかし、このご時世で、この年齢での転職を考えたら恵まれた条件であるし、
デザイナーとしての転職を希望するのも厳しい状況です。

モヤモヤとした気持ちを抱える水樹のもとにかかってきた一本の電話は、
高校時代の恩師が入院中との連絡でした。お見舞いに行く道すがら、
子ども時代から高校までの記憶が思い出されていきます。

同じ団地に住んでいた三兄弟。思いを寄せていた次男の信也のこと。
貧しいけれども、その中からきれいなものや楽しいものを見つけていた日々。
内職して家計を助けていた母を手伝い、人形の洋服作りのビーズやレースを
縫い付けたりしていた水樹は、手先が器用なこともあって、作業も嫌がる
ことなく行っていました。そして、お金がないので洋服も買えず、持っている
服をアレンジして作り、着ていったところ、先生にそのセンスを認められて、
服飾系の専門学校を目指したらどうか、と勧められるのです。

そうした出来事と同時に、三兄弟との思い出が常にあります。
陽気で人気者だった信也は、長男の正浩が亡くなってから様子が変わります。
無口で人と関わらないようになっていきます。今でこそ発達障害と言われるような
弟の悠人の面倒を見ながら、周囲からの圧力などにも屈せず、毅然とした態度で
立っているのです。

水樹と信也は互いに心を寄せ合いながらも、付き合うことはなく、やがて連絡も
取れなくなり、25年以上の時が経ちます。先生をお見舞いに行ったり、連絡を
くれた同級生の憲吾と話をしているうちに、信也のことを心の片隅にいつも
感じていることを気付かされるのです。

状況はどう見ても苦しくて、続けて行くことが困難だし、意味がないようにも
思える。そんな中で、自分が生きて育ってきた環境を振り返り、「この道を行く」と
決めた瞬間とその時の気持ちを思い出します。
せねばならない、するべきだ、という考えから解放され、残ったのはシンプル
な自分。つまり「好きだ」という気持ちなのです。

生きてきた自分に起こった物事の全てが、今の自分に繋がっている。
関わってきた全ての人が今の自分を作り出すことに関係している。そうした事実に
気づいた水樹に訪れるのは大きな奇跡です。いや、奇跡でもなく、思い続けた
結果がもたらした当然の出来事なのかもしれません。

思い続けることの大切さ、生きていることの愛しさが込み上げてくるような、
素敵な物語です。このままでいいのだろうか、と生き方に悩んでいる人に
オススメです。

がん治療の世界で巻き起こる驚愕のミステリ

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

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がん消滅の罠 完全寛解の謎 』の

イラストブックレビューです。

 

呼吸器内科の夏目医師は、生命保険会社に勤める友人からある指摘を
受ける。夏目が余命半年を宣告した患者が、保険金を受け取った後に、
病巣が消え去ったという。同じように保険金受領後の寛解ケースが数件
起こり、夏目は調査に乗り出す。

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診察や、患者が入れ替わるようなトリックもありません。それなのに、余命半年という重篤な患者のガンが消えていきます。それも数件が続けて起こるのです。
奇妙な事件に乗り出すのは、呼吸器内科の夏目医師。真面目を体現したような人物なので、不正を起こすようなことはあり得ません。


同じく、この件に興味を持って共に調査に乗り出したのが、夏目の大学時代からの友人であり、疫学研究の医師でもある羽島と、今回の奇妙な関連に気づいた、同じく彼らと大学時代からの友人であり、患者に保険金を支払った保険会社に勤める森川。

がん保険の「リビングニーズ特約」は、余命半年の宣告を受けると、保険金の一部又は全部が生存中に支払われるしくみです。保険金を受け取った患者たちは、一人親の家庭であったりと決して豊かとは言えない家庭環境にあります。そこで森川は不正を疑ったのです。寛解した家庭を、お祝いと称して訪問してみても、計画的に保険金を受け取った人物のようにはとても見えないのです。

その一方で、議員やヤクザの親分など、ごく初期の段階でガンが発見され、適切な治療を行えば完治する可能性が高いにもかかわらず、数ヶ月後には転移してしまうといったケースも。ガンがなくなり保険金を受け取った者、治るはずのガンが転移してしまった者の裏には何かがあるに違いないのですが、そこに大きな壁が立ちはだかります。

そう、「ガンはコントロール可能なのか?」という疑問です。
発生したがん細胞を無くすことができるのか?また、ごく初期の段階であったがん細胞を転移させることができるのか?ミステリというよりは、もはや医療サスペンスです。

がん細胞を意図的に操ることがどれだけ難しいか、がんについて詳細に説明してくれます。それを踏まえた上での結末にはただも驚くばかり。自分には医療知識がないので不可能だと感じる部分が見当たらず、それって本当に可能なの!?可能だとしたら超ヤバくない!?と、年甲斐もなく声を高らかに叫んでしまいました。
これじゃまるで医師は神だよ!!そうなんです。そう思ってしまうくらい怖いです。
説得力もありますしね。

医療的な結末に加えて、登場人物たちが迎えるラストがこれまたすごい。
完全に裏をかかれたというか、そうなっちゃうの!?と再び叫んでしまうという。

日進月歩な医療世界。ガンといえば完治が難しい、怖い病気であるという認識がまだまだ強いと思います。そうした中で、本書は現代におけるガン研究や治療、診察の様子などをわかりやすく伝えてくれるといった一面もあります。
そして、何かを成すために優秀な頭脳を持った医師が、その使う方向を少し変えるだけで、人の生命をもコントロールできてしまうという恐ろしい事実を知るのです。物語の中のだけの話であってほしいですね。がん細胞と人間の生き方をリンクさせた、衝撃的で、そして最後まで一気に読んでしまう物語です。

ほんのひととき息をつける 我が家ではない場所

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

ミナトホテルの裏庭には 』の

イラストブックレビューです。

 

祖父から、大正末期に建てられた宿泊施設「ミナトホテル」の
裏庭の鍵探しを頼まれた芯輔。金一封につられて赴いた先は
「わけあり」のお客だけを泊める変わったところ。さらには
失踪したホテルの猫まで捜すことに。

 

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芯輔は祖父と2人暮らし。口数の少ない芯輔ですが、祖父には
信頼を寄せていて、互いに依存はせず、困った時には協力する。
歳が離れていながらも、なんとなくイーブンで、尊重し合って
いる様子が伺えます。

祖父は「互助会」という数名の友人での集まりに参加しています。
集会は、メンバーの自宅を順番に回っているため、芯輔もメンバー
顔見知りであり、話しかけられれば応えたりしています。
祖父の仲間と知り合いというのもちょっほっこりします。

その互助会メンバーの一人、陽子さんの一周忌を、彼女が経営していた
ホテルの裏庭でやりたいのだが、裏庭へ出る扉の鍵がない。
そこで芯輔が鍵を探すよう頼まれたのです。もちろん謝礼ありで。

お金に惹かれて引き受けた芯輔でしたが、いざホテルへ出向くと
今しがたホテルから脱走していった猫の捜索や、夜間ホテルの受付など
様々なことを頼まれてしまいます。

お金を貯めようと、あらゆる事に頑張る芯輔。
陽子さんの願いを叶えようとする互助会のメンバー
陽子さんの息子であり、ミナトホテルを継いだ篤彦。
ホテルに長期滞在する桐子さんと息子の葵くん。
付き合っていた男性の「自分が彼女なのだ」と主張する女性から
手切れ金を渡され一方的に別れるよう宣告された花岡さん。

一人一人が、ハッキリとした輪郭を持って存在し、その人物にふさわしい
言葉を発しています。
登場するどのメンバーも、心がちぎれてしまいそうな、辛く悲しい思いを
胸に持っていて、それでも日常を穏やかに、自分で自分に叱咤激励しながら
生きています。その思いがあるからこそ、今の彼らがいて、そして新たな
答えや生き方を見つけることができるのでしょう。

悩みや苦しみを抱えながらも決して暗くはならず、軽くて暖かい空気が
本書には漂っています。それは、彼らが悩みや苦しみから目をそらさず、まっすぐに
顔を上げているから。苦しい心を抱えているから、人の痛みにもやさしく
寄り添うことができる。そんな彼らの、在り方がこの物語に温度を加えて
いるのでしょう。

自宅で眠れない「わけあり」のお客だけ泊めるミナトホテル。
最低限のサービスしかせず、お客の話を聞くこともしません。
ほんのわずかでも、そうした場所があるということが、ギリギリまでがんばって
いる人にとって大切なことになるのです。
そうして心と身体を休める「場」を提供し、静かにお客を見守ることは
登場人物たちの根底に流れる考え方や思いと共通しているものなのかもしれません。

様々なものに囚われている それが奴隷なのです

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

 https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

奴隷小説 』の

イラストブックレビューです。

 

長老との結婚を拒んで舌を抜かれた女。武装集団によって
拉致された女子高生たち。夢の奴隷となったアイドル志望の少女。
人間社会に現出する抑圧と奴隷状態を描く短編集。

 

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現実ではない、ファンタジーな世界観あり、どこか遠くの外国で
実際に起こったテロ事件を連想させる設定あり、過去や現代の
日本であったであろう設定があり。様々な状況の中で奴隷たちが登場します。

武装集団によって拉致された女子高生たちは、壊れかけた建物に
閉じ込められています。周囲は水で囲まれ、船で出入りするしかありません。
逃げようとすれば直ちに射殺される状況の中で、まず名前を失い、
番号で呼ばれます。そして、彼女らは自分たちの先行きを考えて絶望します。

粗末な食べ物を与えられ、彼女らを襲った人間たちがやってくると、
ここから出られるのかもしれないという僅かな希望と、出たところで
新しい絶望が待ち受けているだけだという思いで、だんだんと思考が
停止していきます。人格を無視され、満ち足りた生活を奪われ、生きている
事が精一杯という状況になると、自分には何かができる、今の苦境から
脱出するのだ、という思考にならないのです。

様々なシチュエーションのお話が登場しますが、どれも状況に縛られ、その場所から
動けない、動こうとしない登場人物達の姿があります。与えられた世界しか
知らず、また知ろうとしないために、訪れるのは閉じた未来。
愚かとも言えるその姿から感じるのは、現代社会においても、多くの人が
何らかの縛りを受けており、絶望や諦めを感じながらもそこから脱しようと
しない、つまり奴隷的なものを持っていると言う事です。

完全にあらゆる事から自由になる、ということは生きていく上では
不可能ですが、現状はいつでも変える事ができる、自分は変える能力を
持っていると信じ、その能力を磨くために学び続ける事が必要なのだと
教えてくれているようです。

彼らの「本気」に立ち向かうことができるか

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

 https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

オールド・テロリスト 』の

イラストブックレビューです。

 

満州国の人間」名乗る老人からのNHK爆破予告電話をきっかけに、
元週刊誌記者セキグチは、巨大なテロ計画へと巻き込まれていく。

 

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仕事を失い、妻と娘には別れを告げられ、安アパートで一人暮らしを
していたセキグチのもとに入った電話。それは、以前いた会社からで
NHK爆破予告電話があり、セキグチに取材するよう指示があった」
というもの。イタズラの可能性もあるが、名指しということもあり、
フリーで記事を請け負うことに。

そうして予告日時にNHKへ出向いたセキグチが目にした光景は。
一人の若者がガソリンのようなものを床に撒き、可燃材に火をつける。
大きな爆発が起こり、死傷者の出る大惨事となったのです。

一連の出来事を目の前にしたセキグチは、記事を書き、ウェブマガジンに
アップします。読者からの反響を受けた後、また新たなテロ予告が入るのです。
次に起こる商店街でのテロ描写はちょっとヤバいです。血が苦手な人は読まない
ほうがいいかもしれません。

商店街の事件もそうですが、テロ描写が凄まじい。さすが村上龍だなと思う
ところですが、目の前の人間が、何かしらその風景にそぐわないものを
取り出し、周りの人間を傷つけていく。傷つけるという生やさしいものでは
ないですね、人間の姿はもちろん、心までも破壊してしまうのです。
テロ行為というものは、そんな結果を人間にもたらすのだということを
知りました。

テログループへと迫っていくのは、セキグチと、セキグチが以前いた会社の
若い男性、マツノ君、そしてその素性が謎に包まれている若い女性、カツラギ。
彼らはみな、精神安定剤を必要とする状況にあります。
マツノ君はもともと薬などは必要としない健康な男性でしたが、数回のテロを
目の前目撃し、テログループを阻止しようという集まりの中で、自分の必要性が
ないと悟った時から、精神状態が不安定になり、やがて仲間から離脱します。

セキグチは離婚を機にうつ病となり、薬が手放せない状況です。そこへ次から
次へとテロ行為であったり、自分の生命の危機であったりと、精神への負荷が
折り重なり、疲弊していきます。一方のカツラギは、調子の良い時は誰もが
振り返る知的な美人ですが、安定しない時は会話にならず、話しかけている側が
不安な気持ちになってしまいます。

不安定な彼らが立ち向かうのは、屈強な老人たちです。メイングループは
戦争体験したような高齢な老人数人ですが、彼らは気力、体力、知力、財力と
全てを備えた人物たち。そして、テロについても周到に準備しており、
テロの実行犯が自らの考えで行ったように誘導し、どこがテログループの根幹なのかが
わからないようになっています。

恐ろしき老人たちは、世直しのために、日本をリセットする、と言います。
自分たち取材せよ、とセキグチとカツラギはテロの本拠地へと連れて行かれます。
そして最終決戦が繰り広げられるのです。

テロ犯人グループの正体がハッキリとしない状態での、緊張感、恐怖、不安感は
眉を潜めながら、時に心臓の鼓動を早めながらもページをめくる手を止めることが
できません。次々と起こる新たな悲劇に、セキグチとともに打ちひしがれながら、
共に立ち上がり、必死に読み進めていくのです。

この恐ろしい老人たちの「本気」に立ち向かうことができるのか?
いや、老人たちでなくても、似たようなテロが起こったら?
間違いなく立ち尽くすしかないであろう日本の脆弱性に気付かされます。
前半の展開に比べ、ラストが少々あっけないかな、とも感じます。
もう少しページ数を増やして、最後の戦闘シーンをもっと読みたかった。
というか、ひょっとしたらまだ物語は続いているのかも…。

最後まで動悸が止まらない物語です。

物語がまた新しい物語を生み出す

読書人が集う『シミルボン』にて、インタビュー記事掲載!

https://shimirubon.jp/columns/1691046 

 

物語のおわり 』の

イラストブックレビューです。

 

病の宣告、就職内定後の不安、子どもの反発…。
様々な悩みを抱えて北海道へと旅に出た彼らは、その旅の途中で
書きかけの小説を手渡される。その小説が迎える本当のラストとは。

 

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ある田舎町のパン屋の娘が、小説家を目指し頑張っていたところ、
東京の著名な作家から声がかかりました。婚約者や親に強く反対されながらも、
自分の力を試したい、そう強く願った娘は駅へと向かいます。
たどり着いた駅にいたのは婚約者の姿でした。

…と、そこで小説は終わっています。自分の体験をもとに小説を
書いた娘から、どういう経過なのかその小説は手を離れ、北海道を
一人で旅をする人物の元へと渡っていきます。

妊娠3ヶ月でガンが発覚した智子。
家業を継ぐ事を迫られ、カメラマンの夢を諦めようとしている拓真。
希望する会社に内定が決まったが自信が持てない綾子。
夢に向かってアメリカへ行こうとする娘を反対している木水。
夢を追う人と別れ、仕事一筋に働いてきたあかね。

北海道で、旅人同士のちょっとしたふれあいの中から、その
物語は人から人へと移っていくのです。
悩みや年代、性別もそれぞれ異なる彼らは、北海道の雄大な景色と
旅先での開放感から、受け取った物語を素直に読み始めます。
そしてそれぞれが、それぞれの立場や状況から物語のラストを
考えていきます。

人物ごとに、訪れる場所も小樽、美瑛、旭川摩周湖洞爺湖
札幌と変わっていきます。その景色の色鮮やかさ、雄大な広がりの
描写に引き込まれます。この景色の中でなら、普段かぶっていた殻を
たしかに脱ぎ捨ててしまいそう。そんな、静かで美しい風景です。

そして、それぞれの人物が抱える悩みと、書きかけの物語が
次々と渡っていく様子が、非常に自然で、納得できるものです。
だって小説だからね、と全く思わせないところが作者のうまさと
言えます。

登場人物たちは、悩みを抱えて北海道を訪れ、書きかけの小説を読み、
そのラストについて「自分だったら?」と考えます。それが、自分を
客観的に見ることに繋がり、自分の力で答えを見出していくのです。
そして、旅先で出会った、自分と同じように何らかの悩みを抱える人物に、
この小説から何か答えを探して欲しい、と託します。ちょっとした出会いの
中での、さりげなく送られたエール。押し付けることなく軽やかに託された
それは、柔らかく、そして暖かく心に響くのです。

そして、この物語の作者が迎えた、本当のラストシーンとは。
その構成の上手さに思わず唸る、見事なストーリーです。
物語が背中を押してくれることがある。進む力を与えてくれることがある。
そんな、物語の素晴らしい力を教えてくれるお話です。