ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

センスある一冊。ジワジワきます。

ないもの、あります』の

イラストブックレビューです。

ないもの、あります (ちくま文庫)

ないもの、あります (ちくま文庫)

 

 

よく耳にするけれど、一度としてその現物を見たことがない。
そういうものがこの世にはあります。
たとえば「転ばぬ先の杖」。あるいは「堪忍袋の緒」。
こうしたこの世のさまざまな「ないもの」たちを古今東西より
取り寄せて読者の皆様のお手元にお届けします。

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クラフト・エヴィング商會なる著者が、これら
「ないもの」たちの商品紹介及び取扱の注意について解説しています。
「左うちわ」「相槌」「口車」「針千本」「思う壺」「助け舟」…。
どれをとっても、これまで目にしたことがないものばかり。

「転ばぬ先の杖」ってどんなものでしょう?
商品紹介にあるイラストはいたって普通の、ごくありふれた
杖のように見えます。その効果については

これさえ手にしていれば、決して「転ぶ」ということがありません。
場合によっては、この杖一本で「死」をまぬがれることだって
あるかもしれません。
とあります。

これは少しでも長く生きてみたいと思う人間の心にズバーンと
入ってくる商品ですね。自分も70代後半くらいになったら
欲しいと思うかもしれません。

と、思いきやこの杖を使用する際の大事なポイントはといえば
「どんなことがあっても常にいつでもついている」だとか。
無理でしょ!お風呂とか寝るときとか、両手を使うときは
杖はついていられないと思うんですけどー!!

さらに続く商品説明は実に含蓄を含んでいます。

まずは使用前に、本品の必要性についてよくよく考えてください。
いったん使用を開始されましたら、途中でやめることは出来ません。
人生と同じです。どんな時でも常に使用していただくことに
なります。これを少しでも怠りますと「転倒」「すっころび」
などの可能性が出てしまいます。重々ご注意ください。

まあ、そうそう都合のいいものは世の中には存在しないってことですね。
この展開は、日本昔ばなしや、童話を彷彿とさせるものが
ありますね。「赤い靴」なんて似たような話だったような。
素敵に踊れる靴だけど脱げない。脱げないからずっと踊ってる、みたいな。
怖いですねえ。

「他人のふんどし」なんてのもあります。
この商品の特徴は、決して本人のものにはならないということ。
愛着を覚え、使いこなし、自分の一部のように使いこなせたとしても
他人のふんどしは、永遠に他人のものでしかありません。

ふ…深い。
なんだか、人生の大先輩から「他人のふんどしを身につけて
いい気になってるんじゃないよ。自分の実力じゃないんだぞ。」
とお説教を受けている気分になります。

このように、商品自体が実際に存在したら、それはどんなものか
という説明も大いに楽しめますし、実際使ってみたらどうなるか、
使う際の注意がいわゆるオチなのですが、あちこちひねって
くれていて、もうジワジワと面白さが浸透していくのです。

商品のイラストがまた、なんていうかオシャレ…?
違う?雰囲気がある、ちょっと昔風な味のある絵です。
あ、そうだ、辞書とかの挿絵に載ってたようなそんな感じです。
わかりますでしょうか。わかりづらいか。

表紙から、中面から、デザインも文章もひねりにひねって
ウイットが効いていて、ホントにセンスある本だと思います。
こういうのが好きな方にはたまらなく響くのではないでしょうか。
手元に置いておいて、折にふれパラパラとめくってみたく
なる本です。

 

 

「食」とは文化であり芸術であり、楽しむもの

グルメの教養 「食の子ども」から「食のおとな」へ』の

イラストブックレビューです。

グルメの教養「食の子ども」から「食のおとな」へ

グルメの教養「食の子ども」から「食のおとな」へ

 

作る人も食べる人もこれだけは知っておきたい座ったままの料理学。
料理をすることが楽しくなる、食べることが楽しくなる、
おもてなしに自信がつく。そんなトピックが満載。

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結婚を控えた姪に語りかける口調で、料理の文化や歴史、食にまつわる
良書やおもてなし料理の考え方までくだけた口調で解説してくれます。

フランス人は何故あんなに食にうるさいのか。
和食が世界で高評価を得ているのはなぜか。
ガストロノミーとは何か。
そんな疑問を、順を追ってわかりやすく説明します。

フランスにおける食のこだわりの強さには驚きます。
フランスのある政治家は、ナポレオン没落後の国会体制を話し合う会議にも
料理を用意しました。それも、メニューと飾り付けに相手の心理を考え贅を
こらし、食材選びからメニューまで細かく指示を出したのだとか。

生活の一部に食事があるのではなく、食事が時として時代を作るほどの力を
持っている、そう当時の権力者は考えたのでしょう。
そうして吟味され心を 尽くして出された料理には、交渉相手の心をガッチリと
掴んだに違いありません。

また1970年代にフランスで起こった「ヌーベル・キュイジーヌ」についても
触れています。言葉自体は聞いたことがありましたが意味は全く知りませんでした。
これは、古臭い従来のフランス料理と決別し、料理の新時代を告げる、という
フランスで巻き起こった動きを指します。

具体的には、調理時間の短縮、素材を見直し新鮮さを重視、メニュー品数の減少など。
それまで伝統的かつ高級であったフランス料理の概念を変える、多様的で新しい、
身近に楽しめるものとして料理を提供したようです。
代表的な料理人としてはポールボキューズ、トロワグロ兄弟など。
どちらも東京 へ出店しています。知らずに利用していましたが、これらの知識を得た
うえで訪れていれば、料理をより楽しめたのだろうなと思います。

ほかに、おもしろいなと思ったのは「和食」。
フランス料理・中華料理などは素材に火を通し、様々な味を加えたものが料理として
認識されるのに対し、日本料理は素材を重視し、なるべく自然の姿、味を最大限保持
しようとするため、加熱などの調理も最低限に留めています。

これは、綺麗な水が豊富にあったことも関係していますが、濃い味を重ねていっても
おいしくならない、という考え方が根底にあったようです。外国では、料理は味を
足していくのに対し、日本の場合は味を引いていく、といったところでしょうか。

外国では、料理人のことを調理する人、と言いますが、日本料理では板前、と言います。
火を入れ調理することよりも、素材の扱いや時には生で食することもある素材をどう切るか、こちらに重きを置いているためにこうした呼び方になるのだと思います。

ほか、日本人は食に対して視覚、嗅覚のほか触覚についてもこだわりがあるということ。これもはじめて知りました。
言われてみれば確かに、コリコリした歯ごたえ、シコシコとしてコシが強いなど、
硬い、やわらかい、むちむち、ねっとりなど食感に対しての表現は山のようにあります。こうした特性からも、素材の切り方で食感が変わってくるため、やはり包丁使いがポイントとなり、板前さんが大事な立場であることも理解できます。

食についての知識を広げていくことで、外食が楽しくなり、また自分で作ることも
楽しくなる思います。
国が違えば素材も変わる、調理方法も変わる、そして魅せ方も。
なぜそうなるのか背景を知れば、食べること、作ることがもっと好きになれるのでは
ないでしょうか。

美味しい料理をただおいしい食べるだけではなくて、その背後にある歴史や文化に思いを馳せることで、その一皿がさらに輝きを増すでしょう。
この本を読んで、改めてフランスという国が持つ料理への思いが素晴らしいなと
感じましたし、日本の料理についても世界で評価されるに値する理由がそこかしこにあるんだなと思い、嬉しい気持ちになりました。
作る人食べるだけの人、どちらが読んでも楽しく身になる本だと思います。

 

 

 

 

薄気味悪い。怖い。でも止められない。

Q&A 』の

イラストブックレビューです。

Q&A (幻冬舎文庫)

Q&A (幻冬舎文庫)

 
 
これからあなたにいくつかの質者をします。
ここで話したことが外に出ることはありませんー。
2002年2月11日午後2時過ぎ、都内郊外の大型商業施設に
おいて重大死傷事故発生。死者69名、負傷者116名。
未だ事故原因を特定できず。
質問と答えだけで物語が進行する物語。

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郊外の大型商業施設において、火災報知器が鳴り、お客たちが
一階へ避難していたところ、一階の客が何故か上の階へ向かおうと
殺到してきたため、エスカレーターや階段で多くの乗客が押し合いと
なり、多くの圧死者や負傷者が出た、という事故。
消防や警察が原因を調べたが、特定できなかったのです。

事故からしばらくたった頃、この事故についてのQ&Aが行われます。
質問者は政府関係者?であったりマスコミであったり様々です。
回答者のほうも事故の被害者、知人が被害にあった者、
全く関係がないように見える者、とこちらも多種多様。

もうね、この本は恩田さんの構成力、文章力スゴイ!という作品ですよ。
まず事故(あるいは事件?)自体が謎に満ち溢れています。
多くのお客さんたちがパニック状態で逃げまわって被害が多数出ている
というのに、誰もその原因がわからないのですから。

なんだそれ?と思いますよね。私もそう思います。
そこで、火災報知器が鳴る前の出来事を被害者に質問します。
警察と異なる状況であるせいか、被害者は当時思い出せなかった
出来事を思い出します。

そして、彼らは事故の被害者であると共に、プライベートでも
問題を抱えていることが浮き彫りになります。
事故を経験したことで、考え方においても変化した様子が
伝わります。

この現場の救出作業を行なった消防士にも変化が訪れます。
数年前に、父母を数ヶ月の間に亡くしたときのことが
フラッシュバックしてしまい、精神状態が不安定になってしまうのです。
今は妻子が家で待っていてくれる。しかし、その家族もいつ突然
いなくなってしまうかわからない。そんな不安に取り憑かれている、
と言います。怖いです。

そして、事件の時に無傷で助かった少女。
母親がこの少女を「奇跡の子」と称して、事故の被害者を呼び込み、
宗教法人を立ち上げます。最初はにこやかに質問に答えていた母親ですが
語るにつれてまあ〜黒いものが出てくる出てくる…。
事故も怖いが人間が怖い。

事故自体が謎に満ちていて、じんわり怖いです。
恐怖の正体がわからないのでは、想像するしかない。
そんな被害者の心理に自分も近づいていってしまいます。
真相が近づいていくにつれ、事故の背後に隠れているものや
人間の恐ろしさが少しづつ表に出てきて背筋がゾワゾワします。

一見、なんでこの人が事故について語るのかな?
と思う人が後になって別の人つながったりするため
ゾワゾワするんだけどワクワクしちゃったりして
もうページをめくる手が止まりません。

多くの人が巻き込まれる事故・事件には、それだけの人の数の
人生が存在しています。そして、そのことが事故・事件を複雑に見せて
いることもあるのだな、と思いました。
それと、一見遠いようで、真実に近づいている話をなんてことなく
披露している様子が実にうまい。
んなわけないでしょ、思わせておいて、え!やっぱそうなの!?
でもハッキリとは言わないのね!?といったところで。

気味が悪い、怖いのだけれどもおもしろすぎて読まずには
いられないのです。完全著者の世界に引き込まれて
しまった物語でした。

「今」だから感じられる 小さな幸せ

あなたは、誰かの大切な人  』の

イラストブックレビューです。

 

あなたは、誰かの大切な人 (講談社文庫)
 

 

歳を重ねて寂しさと不安を感じる独身女性が、かけがえのない
人の存在に気が付いた時の温かい気持ちを描く珠玉の六編。

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咲子が訪れたのは、メキシコを代表する建築家、ルイス・バラガンの邸宅。
かつてのビジネスパートナーが見たがっていた建物。しかし、彼は目を患い、
視力のほとんどを無くしていました。
彼の代わりに、私が彼の目となってこの建物を見る。
そんな決意でやってきたバラガン邸とは。

互いに元気で、仕事も順調だった頃、ビジネスパートナーとして
プロジェクトをこなした2人。
純粋に仕事上の付き合いであり、咲子には夫がいて、 青柳には
妻子が いました。

夢を語る青柳は力に溢れ、理想を語り、ぐんぐんと前に進んでいきます。
そんな青柳にあきれたり感心しながら、咲子は彼の実力を認めて
いくようになります。
エネルギッシュな性質ゆえ、青柳が大手ゼネコンから独立して事務所を立ち上げて
いくと、今度は妻子がついていけずに彼から離れていきました。

咲子は夫がいる身でありながら、常に誰か別の恋人を持っていました。
夫や仕事に不満を持っていたわけではありません。
ただ自分が女であることを証明するかのように恋愛を繰り返します。

仕事で成果をあげ、一見順調そうに見える2人。
でも、どこかが欠けている2人でもあります。
その欠けた部分を仕事上で補い合い、互いにバランスを
取っている、という関係だったのかもしれません。
あるいは、相手が持つ、自分の不足している部分が光り輝いて見えて、
自分の闇を照らしてくれるように感じていたのか。

2人の関係は、友情以上、恋愛未満、とサラッと一言では片付けられない
気がします。
やり甲斐のある仕事を協力して達成したことにより深い絆が発生するでしょう。
そして、飲み仲間である側面から、お互いの家庭の事情や未来に関する不安など、
深いところで感情や気持ちを共有している相手でもあります。
この関係を何というのか。
名前をつけようとすること自体が無粋なのかもしれませんね。

咲子が訪れたルイス・バラガン邸。
建物の形、色、窓から切り取った景色、そして空間。
読んでいると、その建物に足を踏み入れたような感覚を覚えます。
必要最低限のものだけを置いたその空間は、
壁や窓からの光の効果を最大限に生かしています。
壁の色がピンク??と一瞬驚きますが、読み進めるにつれ、
その邸宅がとても落ち着いた空間であることがわかります。

咲子が最後にたどり着いたのは食堂。
そこにあった食器に書いてあった言葉は「孤独」。
乳がんを患い、夫と離婚した咲子。
別れた妻子と再び生活を共にし、失明の恐怖に沈む青柳。
問題を抱え、未来が見えない恐怖に打ちひしがれ、立ち止まり
後ろを振り返っていた咲子。

しかし、人間は孤独である、ということを深く理解した
瞬間が訪れたのです。
この言葉は、咲子の目から口に、咀嚼して肚の中へ、
そして身体に染み込ませていくのです。
置いていかれる寂しさとは違い、孤独と共に歩んでいく、
という決意を感じます。

心の深い、奥底に潜んでいる感情がふとしたきっかけで、
表に出てきてしまうことがあります。そのきっかけは、
良いことばかりではなくて、悲しいこともあったりするのだけど、
その感情を見つめ、納得することは悪いことではありません。

年齢を重ねて生きていくことは、それだけ多くのものを
背負ってきたということです。奥底に追いやった感情も
多くあると思いますし、またそうしなければやっていけなかった
一面もあるでしょう。

そうした女性たちが、ふとしたきっかけから自分の感情や
今まで感じなかった人との絆に気づく、「今」だからその幸せに
気づくことができた、そんな物語たちです。
歳を取るのも案外悪くない、そう思える短編集。

さわやかな風を感じる物語

虹の岬の喫茶店 』の

イラストブックレビューです。

   

虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)

虹の岬の喫茶店 (幻冬舎文庫)

 

 小さな岬の先端にある喫茶店。
この店では美味しいコーヒーとともに、お客さんの
人生に寄り添う音楽を選曲してくれる。
そこに訪れるのは、心に傷を抱えた人たち。
女主人の言葉と音楽、染み入るようなコーヒーの
美味さに、お客の心はほぐれ、目線を上げていくのです。

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妻を病気で亡くし、幼い娘を抱えて途方に暮れる父親は
娘とともに虹を探す旅に出かけます。
虹を追いかけて車を走らせたその先に、喫茶店はありました。
いかにも手づくりといった風情の、青いペンキで塗られた
木造の建物。店内もこぢんまりとしているのですが、窓からは
明るい海と空と草地が、まるで素晴らしい絵画のように
目に映ります。

女主人が淹れるコーヒーが、またじつにおいしそうなのです。
とても優しい味で、一口飲んでため息が出てしまうほどだとか。
もしかしたら、この父親が優しい味、と感じたのは
彼自身が優しさを必要としている、欲していることだったのかも
しれませんね。

妻が亡くなってまだ数日。
事情を理解しきれない4歳の娘と、どうにか毎日を過ごしながら
哀しみと不安に満ちた日々を過ごしてきたのでしょう。
茫然としていたのかもしれません。

そんな心情のもとで、口にした沁み入るような味のコーヒー。
そして女主人があなたたちに、と選曲してくれたのは
アメイジング・グレイス』。
直訳すると「驚くほどの恩恵」、という意味だと女主人は言います。

私たちは知らぬ間に、多くの恩恵を受けている。
ハッとする言葉ですね。
当たり前に過ごす毎日の中にも、様々な恩恵があるのです。
父親にとっての最大の恩恵は、この幼い娘になるでしょう。

現実に戸惑い、絶望し、不安を感じている時に、天から差す
一筋の光のように、今ある恵みに気づかせてくれた女主人。
彼女もまた、心に深い悲しみを持っているからこそ
父娘にぴったりな選曲で、彼らの心に寄り添えたのかしれません。

美味しいコーヒーとサービスのバナナアイスをごちそうになり、
大切なものに気づいた父親。
知らぬうちに、先の事を考えるようになります。
陶芸家である彼は、この店をイメージした、このコーヒーに
合うカップを作ろうと思いつくのです。
そのカップをプレゼントしに、またこの店に来ようと。
それは、未来向かって歩き出す、第一歩となったのだと思います。

青い空と海、下草の緑。落ち着いた店内。
美しい色を感じる情景と、一歩外から見守るような登場人物たちの
優しさは、凪いでいる海のような、そよそよと吹く風のような
爽やかな空気が流れているようです。

他にも、就職活動がうまくいかない学生や、喫茶店に入った
泥棒など、さまざまなお客さんが喫茶店に訪れます。
心にモヤモヤを抱えた彼らは、美味しいものを口にし、
美しい景色を見て、現況に苦しむ自分から、外に向かっていく
自分へと焦点をシフトしていくのです。
そんな力がこの喫茶店と店主にはあるようです。

しかし、女主人も高齢であるがゆえいつまでも元気いっぱい、
という訳にもいかず、歳を感じて重い気分になることもあります。
そして迎えた嵐の夜を過ごした後、彼女が見つけた景色とは。
それは、老いゆえに店をやめようという自分を、背後へと
押しやるのに充分な、ずっとさがしていた景色だったのです。

こうした情景もとても美しく、これは女主人だからこそ
見えるものであり、見る資格があるのだと、強く感じました。
彼女がこれまでと変わらずに生きていくのだ、と決意するのに
充分な説得力のある描写です。

全編を通して、情景も、登場人物たちの悩みや苦しみ、
そして解決に至る過程もすっきりとして心地よく、
それでいて説得力があり、読後感がとても良いです。
作品全体に岬から吹くさわやかな風を、自分も受けているように感じました。

 

真面目な人が繰り出す 信頼できる面白さ

ある日、爆弾がおちてきて』の

イラストブックレビューです。

    

 ある日、空から降ってきたのは、高校生の頃に気になっていた
女の子とそっくりな姿をした『自称新型爆弾』だった。
表題作『ある日、爆弾が落ちてきて』をはじめ、「記憶が退行する
風邪にかかった幼なじみ」「蘇った死者」「図書館に棲む小さな
神様」など、少し不思議な短編集。

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突然空から降ってきたのは、セーラー服を着た女の子。
高校時代にちょっいいなと思っていた女子、広崎ひかりと同じ姿。
自分のことを新型爆弾「ピカリ」と名乗り、病気がちで大人しかった
広崎に比べて、底抜けに明るくて、元気。

ピカリの胸についた時計の針が進み、12時の場所をさしたとき
爆発するという。青春的トキメキでドキドキすると
その分針が進む。

この話をはじめ、どの話も設定が面白いなあ、と思います。
空から降ってきた爆弾が女の子で、しかも当時ちょっと好きだった子で。
青春のやり直しにはいい機会だからと2人でデートをするけれども、
楽しむほどに爆弾する瞬間が近づいていく。

主人公の男性、長島は事態にそれほど焦っていません。
なんだかわからないけど、かわいい爆弾にふりまわされつつ
おとなしく付き合ってあげています。
そこで、高校生当時の、広崎とのとのエピソードを思い出します。

数少ない広崎とのやりとりの中で、爆弾が落ちたらね、という
話をしたこと。
具合が悪くなった広崎に、ニトログリセリンの粒を飲ませてあげたこと。
そして彼女は言います。
「知ってる?ニトロって、甘いんだよ。
だから今キスしたら甘いかも。」

鈍い長島は当時、へえ、と思っただけでしたが、後から考えて
キスへのお誘いだったのか!?と身悶えるも、その後彼女と
進展する機会もなく高校を卒業してしまったのです。

長島は現在二浪中で、目下目標とする大学への合格率もまったく
上がらず、かといって勉強に対してやる気も起きず。
そんな時にやってきた可愛い爆弾と過ごすことは、
きつい現実から目を離すのにちょうどよい存在だったのでしょう。
爆発すればあたり一面、関東一円が吹き飛ぶ、などと言われても
今ひとつピンと来ない。それに、もしかしたら付き合ったかも
しれない当時の自分や彼女に対して、何かしてあげたい、という
気持ちもあったのかもしれません。

そして、ドキドキのクライマックス。
彼女へキスしたら、爆発して彼女も自分も、全ての世界が
終わる。しかし、長島はキスしませんでした。
自分のフックとなるものが、もうあったのです。

それに気づいた爆弾ピカリの悲しい声。
そして彼女は小さなポン、という音を発して消えます。

ラノベ小説らしく、男女の会話や行動も軽やかに感じる部分も
ありますが、男性の真面目な性格が物語を引き締め、軽薄に
見せません。ぼんやりしているようだけど、相手の事を
心から何とかしてあげようと、真摯な気持ちが伝わってくるのです。

死者が蘇るとか、記憶が退行していく風邪をひくとか、
思いもつかない設定で、次はどうなるのかとワクワクしながら
読み進めていけます。そして、どの話も主役の男の子が
相手の女の子に振り回されることになるのですが、
そのやりとりもわざとらしくなく自然で、好感が持てます。

そして、全体に漂うゆらゆらとした哀しみ。
どうにもならないことへのせつなさが、じわじわ伝わってくるのです。
短編集ですが、どの話も読みごたえがあり、おもしろくて
せつなくて、かなしくて。いろいろな感情を味わえる、上質な
物語です。

リズミカルに描く ジャズ界巨匠の猫愛

猫返し神社』の

イラストブックレビューです。

   

猫返し神社 (徳間文庫)

猫返し神社 (徳間文庫)

 

 

ジャズ界の巨匠、山下洋輔氏が描く愛猫との生活。
個性あふれる猫たち翻弄されながらも、やっぱり
愛さずにはいられない日々を綴ります。

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山下家で暮らす三匹の猫たちが、はじめておうちにやってきた
時の様子から、すっかり慣れて日々やらかしている様子まで
愛情たっぷりに綴るエッセイ。
先住猫アーちゃんは、基本愛想なし。でも奥さんのことは大好き。
次にやってきたピロちゃんは山下さんラブで、のしあがって
きては山下さんを揉みほぐし、喉を鳴らす。
そしてやんちゃな美猫、リーちゃんは脱走の名人。

以前も猫と暮らしていた山下さん。
当時飼っていた白猫ミオちゃんが脱走。
捜索に出かけた山下さんが、
途中立ち寄った神社で、戻ってくるよう神様にお願いしたところ
何とミオちゃんが帰ってきたという。
そして、しばらく後、今度はピロちゃんが行方不明に。
この時も神社へお参りしたところほどなくして戻ってきたそうです。

こうして猫返し神社、という新たな称号が加えられた神社は
山下さんにお礼を言いつつ、猫返し神社にふさわしい由来も
作られたそうで…。
なんだか適当でいいですね。
むしろ、猫好きさんたちが神社の事を聞きつけて、猫返し神社としての
地位を確定させたのではないかと。
猫を愛する心は強いですね。

山下さんの文章はとても軽快でテンポ良く、ユーモアと
愛情に溢れていて、読んでいて気持ちが明るくなってきます。
平たく言えばうちの猫がね、っていう自慢話なんですが(笑)。
飽きずに読めますし、実際猫を飼っている方であれば
ああ、あるある、と思わずうなづいてしまうネタもてんこもりです。

フリースタイルジャスで名を馳せた山下さんも
爪を切らせてくれない愛猫の爪立て攻撃に唸り、
脱走した猫を捜索中、おとなりさんちの車の下を覗き込んで
怪しまれるなど、猫たちの行動に振り回されっぱなし。

猫のいたずらに呆れ、感心し、美しさにため息をつく。
猫の表情にブルースを感じるなんて、山下さんの感性
ならではですよね。
猫との生活って、やっぱりいいな、と感じさせてくれます。
大変なことすら面白がれる感覚は見習いたいです。

猫好きの方も、そうでない方も、
猫ってどんなもの?猫好きの人間ってどんなもの?
ということが非常によくわかる、楽しいエッセイです。