ぬこのイラストブックれびゅう

ぬこのイラストブックれびゅう

雑読猫、ぬこによるイラストブックレビュー。本との出合いにお役に立てれば幸いです。

美しく悲しい、そして心に残る物語

蒲公英草紙』の

イラストブックレビューです。

    

蒲公英草紙―常野物語 (集英社文庫)

蒲公英草紙―常野物語 (集英社文庫)

 

 青い田園が広がる東北の農村の旧家、牧村家に
あの一族が訪れた。
『常野』と呼ばれるその一族は、他人の記憶や
感情をそのまま受け入れるちから、未来を予知するちから
などの不思議な能力を持っていた。
牧村家の末娘、聡子様のお話相手に指名された、裏の家に住む
峰子は、牧村家に集う人びとと平和で優しさに満ちた
時間を過ごしていた。

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特殊な能力を持つ一族を描いた『常野物語』の第2弾。
明治時代の東北地域で、旧家に起こった出来事 。
そこへ『常野』である春田一家が訪れます。
その土地の旧家・槇村家は、村の発展に尽力を尽くし、
大きな屋敷に住んでいます。
そして、そのお屋敷には槇村一家の他にも様々な人が住んでいます。

おかしな発明を続ける老人、池端先生。
洋画家の椎名。仏様を彫る仏師の永慶。
彼らは槇村家に世話になりながら、作品を手がけています。
時には病弱なですが美しい聡子をモデルにして、椎名と永慶の
スケッチ対決も行われます。

そこへ『常野』である春田一家が槇村家へやってきます。
彼らの元にはひっきりなしに人が訪れます。
それは、他人の記憶や感情をまるごと受け入れるため。
訪れる人びともまた『常野』であり、一族の一人一人のなりわいや心持ち
そのものを自分の中に飲み込み、蓄えるのです。
その行為を『しまう』と表現し、子供たちは上手に『しまう』ために
練習をしています。

彼らの、落ち着いた静けさに心が休まる峰子。
そして、槇村家の次女、聡子もところどころで予言のような
ものを発したり、大人のような的確な意見を述べたりします。
年の近い2人の少女は心を寄せ合い、大人へと少しづつ近づきながら、
周囲の人びとと穏やかに暮らしていました。
淡い恋心や美しい風景の描写に和みます。

病弱だった聡子も次第に元気になり、
『一緒に女学校へ行こう』という約束も夢ではなくなってきた頃、
事件は起こります。
大雨の中、小さな子供たちと共に過ごしていた峰子と聡子。
雨が次第に激しさを増し、建物が水没の危険に見舞われます。
大きな人は峰子と聡子だけ。2人で、子供たちを高い場所にあるお寺へ
避難させようと試みますが…。

聡子は予知能力を持っていました。
これまでの彼女の発言や行動は、予知されていたものだとわかるくだりには
もう涙が溢れて止まりませんでした。「
病弱で人の世話になってばかりいる聡子は、周りの人の役に立ちたい」と
強く思っていました。
そんな彼女の気持ちが痛いほど伝わってくるのです。

常野、と呼ばれる一族はあらゆる能力を持ち、人が見えないものを
見ることができたり、知ることができたりします。
良い事ばかりではないでしょう。辛いこともたくさんあると
思います。そしてその辛さは、ほとんどの人と共有することは
できないのです。

それ故、彼ら一族は瞳に静かな優しさと穏やかさ、そして
哀しみをたたえて生きているのかもしれません。
理解はできずとも、そんな彼らに惹かれ、そばにいたいと思う
峰子の気持ちもわかるような気がします。

美しい村の風景と、その村の繁栄にまつわるお話。
昔話のような言い伝えは、常野が交わることでぐんと現実味が
増してきます。
過去と未来は確実につながっている。
そしてそこに、一定数の、常野がいるのです。

大切なもののために懸命に生きる人々。
読み終わった後もしばらく余韻に浸ってしまう物語です。

気が付けばいつもそこに酒があった

飲めば都』の

イラストブックレビューです。

   

飲めば都 (新潮文庫)

飲めば都 (新潮文庫)

 

 

人生の大切なことは、本とお酒に教わった。
女性編集者、小酒井都は日々酒を飲み、原稿を読み、
好奇心の赴くまま突き進む。

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お酒は不思議な力があります。
気分が良くなり、人と人の距離を縮め、コミュニケーションの
潤滑油になることもあれば、普段では考えられないような行動を
起こしたり、それをまた覚えていなかったりと、人との軋轢を
生むツールとなってしまうこともあったり。

お仕事をされている方、されてない方、以前していた方。
お酒にまつわる失敗はありますか?
ひと昔前は、連日飲みに行くのは当たり前、飲まない日が
あればかえって心配されて… 飲まない人は珍獣のように
扱われていました。私がいた職場だけでしょうか?
今は職場内で飲んでも経費はもちろん出ませんし、自費で行こうとも
無理に誘えばパワハラだと言われてしまうので、こんなことはないと
思いますが、それでも出版業界は今でもお酒ととっても縁が深いところの
ように思います。

これはそんな出版業界で編集者として奮闘する一女性のお話です。
編集者という生き物はとても体力があり、打たれ強く、
好奇心の向かうところへどこまでも突入していく生き物です。
主人公、都もまさにそんな女性です。
新人時代は酒の席で先輩に対してやらかしてしまいますが、
それもご愛嬌。酔っ払いを見慣れている人たちは、酔っ払いに
対して寛大なのです。ある程度は。
ていうか覚えてなかったりしますしね。

酔っ払いのあるあるエピソードを、当事者になったり見る側に
なったりしながら、都は立派に編集者として
成長していきます。
夜を徹して入稿作業の後に打ち合わせたり、休日やトラブルを
次の企画に当て込んでみたり…と仕事もプライベートも
区切りがない都。
肉体的疲れはあるけれど、仕事の達成感やネタになるかも、と
事象を追いかけるワクワクさにはかなわない!
という思いを全身から発しているようです。
つまり、仕事が好きなんですね。

上司や先輩、作家さんたちとのやりとりの中で、人間関係を学び、
仕事を学び、人生を学びます。
うまくいかなくて沈みがちな時でも、この都と、先輩・上司らとの
交わす会話がすごく良くて、胸にジンときます。
ふだんは言葉の薀蓄について、先輩から嘘のようでホントに嘘の
話を聞いたり、駄洒落が飛び交ったり、上下関係も堅苦しくなく、
ユーモアを交えた歯にもの着せぬ物言いが飛び交います。
だからこそ、真剣に相手の事を思う発言はいつもの軽いやりとりとの
差から、余計にグッとくるのです。

ほかにも仕事や飲みの席での会話のやりとりや、都の心情の語りなど、
言葉選びのセンスがいいです。
まさに軽妙洒脱という言葉がぴったり。
言葉で遊んでいるような軽さと楽しさ。それでいて
軽薄に感じさせない品の良さを漂わせています。

編集者として成長し、そして恋をする都も、まさに彼女だから
こういう恋になるのね、という展開。
強く、楽しく、豪快に、しなやかに。
仕事ってやっぱり楽しんだ者勝ちだな!
素直にそう思える、元気がもらえる物語です。

これは シフォンケーキ界の革命だ!

ふわふわ、しっとり、とろけるシフォン』の

イラストブックレビューです。

    

ふわふわ、しっとり、とろけるシフォン

ふわふわ、しっとり、とろけるシフォン

 

 ふわふわしっとりとろけるようなシフォンケーキの作り方を
詳細な写真とともに紹介。

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カフェで食べたおいしいシフォンケーキを自分で
作りたい!!
そう思ってチャレンジしてみたはいいけれど。
レシピどおり作ってみたものの、いまひとつ膨らまない。
膨らんでもすぐにぺしゃんこになってしまう。
食べるとベタベタして食感が残念。

…などなど、作ってみるとあら?思っていたのとなんか違うわ?
というスイーツのひとつであるシフォンケーキ。
ふわふわでしっとり、おまけにとりけるようなシフォンケーキを
失敗することなく作ることができるのが本書です。

基本のシフォンケーキの作り方を、細かな手順の写真を多数掲載し、
7ページにもわたって丁寧に解説。
卵の白身は冷凍庫へ一時保存するなどのちょっとしたコツから、
メレンゲの立て方と状態、そして卵の黄身&小麦粉の生地と、
メレンゲを混ぜる際の注意点など、それはもう事細かに写真に
掲載されていますから、ひとつひとつ確認しながら進めれば、
必ず上手に焼きあがります。

そしてもっとも特徴的なのは、タイトルにもあるとおり
ふわふわしっとりとろけるその食感。
シフォンケーキで『とろける』はないだろう?と思って口にしてみると
おわっ!まさに『とろけるぅ〜 ♪』。手が止まりません!!
我が家では奪い合いですし、1人でもワンホールぺろっといけて
しまいますのでご注意ください。

基本のシフォンケーキから定番のバナナシフォン、紅茶シフォン、
和風の豆乳&きな粉シフォン、よもぎシフォン、変わりどころでは
カレーシフォンやシナモンのシフォン、上級者編のマーブルシフォンや
ティラミスシフォンまでさまざまなメニューを紹介しています。

お菓子作り初心者でも、充分においしく作れます。
著者が前書きで述べているのは『作る楽しさを伝えたい』ということ。
メレンゲを作る時の卵白の変化、砂糖を加えた後のツヤ、
生地全体を混ぜ合わせた時の色のグラデーション。
オーブンで焼くときの生地の膨らみ具合…。
ひとつひとつの手順が本の通りにできて、どうやらおいしく
できそうだなというワクワク感にテンションも上がります。
何と言っても、口に入った時の幸福感といったら…

焼き上がったシフォンケーキは
すぐに食べず、型のままビニール袋に入れて一晩冷蔵庫へ
入れる。このほうが生地が落ち着いてよりおいしく食べることが
できるのです。
人にプレセントしたり、イベント用に作る時には前日中に
作るのがオススメです。

お菓子作りが好きな人はもちろんのこと、もっぱらお菓子は
食べる専門で、という方も、ぜひ一度手にとってみては
いかがでしょうか。上手に焼けた時の喜びはひとしおですし、
そのおいしさにハマってしまうかもしれませんよ。

何かを残そうとする行動、それが人間が存在する意義だ

優しい死神の飼い方』の

イラストブックレビューです。

 

優しい死神の飼い方 (光文社文庫)

優しい死神の飼い方 (光文社文庫)

 

 犬の姿を借り、地上のホスピスに派遣された死神のレオ。
患者たちの未練を解き放ち、魂をわが主様に送り届ける
のが仕事。しかし、それには過去にこの地で起きた迷宮入りの
事件を解決せねばならなかったのです。

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ホスピスにいる患者たちは、余命が迫っています。
ところが彼らはこの世に未練を残しています。
戦時中の悲恋。洋館で起きた殺人事件。
色彩を失った画家。

彼らは人に裏切られ、あるいは人を殺し、感じていない
痛みに日々のたうちまわっています。
ホスピスで看護師として働く菜穂に面倒を見てもらうことになった
レオは、病室へ忍び込み、患者たちの夢の中へと入り込みます。

そして、過去に起こった心のしこりの原因を、改めて
本人たちに見せます。レオは、第三者だからこそ見える新事実を
彼らに突きつけます。

昔の好きな人に裏切られたのは、本当は自分を守るためだった。
人を殺したのは自分ではなかった。
自分の絵がなかったのは大切にしまわれていたからだった。
レオは新事実を提示しただけでは終わりません。
心にかかる疑念は解決したかもしれませんが、関係する相手はすでに
亡くなっていてこの世にいなかったりします。
おまけに何かしようにも自分の命は先が見えているのです。

そのうえでレオは言います。
これからどうするのかはお前自身が決めろ。

問題がなくなった。はい、終わり、ではなく、
問題が解決した、そのお前はこれから何をするんだ?
どうやって生きていくんだ?
と投げかけます。

時間がないとか、これでいいのかとか、そんなことは
関係ない。患者たちが決めたことに対してレオは
「それでいいんじゃないか。お前が決めたことなら。」
と一言述べます。
自分のどうしようもない後悔や懺悔の気持ちに対して
投げかけられた一言は、あたたかな感謝の気持ち、
許しを超えたその先のものを感じさせてくれます。
神様が見守ってくれているような感覚でしょうか。

患者たちの未練がスッキリしたところで、最後のヤマが
訪れます。過去にこの建物に侵入し、殺人事件を起こした
犯人が、また仲間を伴って隠されている宝石を取り戻そうと
やってきたのです。

未練がなくなった患者たちは、頼りない自分の身体を
必至に動かし、囚われた者を助けようと活躍します。
かつては自分など死んでも仕方がない、そして、他人の
事などまったく興味がない、と思っていた患者が
他人を守り、そしてそのためには命を失っても構わない、
という覚悟をするまでに、気持ちが変化していることに
胸がギュッと掴まれたような、そんな気持ちになります。

死期がわかっている患者たちのお話です。
しかし、死を迎えるのをただ待つ、という暗い雰囲気はありません。
レオの上から目線の語りと、犬としての習性(思わず尻尾を振ってしまうなど)
から出る行動とのギャップがおかしくてクスッと、笑ってしまいます。

読んでいて、何度も涙が出てくるのは、どう生きるかについてレオが
患者たちに語りかけるシーンです。

時間が限られているからこそ、思い込みにとらわれることなく
ひたすら、一生懸命に毎日を過ごし、生きること。
それが大事なんだと、ツンデレ気味な死神のレオは
教えてくれます。生と死について改めて考えさせられ、
そしてたくさんの涙と感動をくれる物語です。

濃い影の背景には強い光がある

光の帝国』の

イラストブックレビューです。

   

光の帝国―常野物語 (集英社文庫)

光の帝国―常野物語 (集英社文庫)

 

 膨大な書物を暗記するちから、遠くの出来事を知るちから、
近い将来を見通すちから。
常野とから来た、と言われる彼らにはそれぞれ不思議な
力があった。

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常野物語、というタイトルに何となく聞き覚えがあり、
気になっていたのですが、巻末の久美沙織氏の解説によれば
柳田國男遠野物語を意識したものだろう、とのこと。
民話の宝庫と呼ばれる東北の地域のどこか…。
不思議な出来事や生き物が、人間と共生する世界です。
豊かな自然の風景と、なぜかしっくりなじんでいます。

常野と呼ばれる人々は、その特殊な能力ゆえ、一般社会から
はみ出ないよう、最新の注意ををはらって生活しています。
一方で、自らの能力を高める努力も怠りません。
幼い子どもなどは、その能力を人前でさらしてはいけない
意味を理解できず、さらに感情が高ぶると力をコントロールすることが
難しくなり、うっかりと力を出してしまうことがあります。

彼らが特殊な能力を持つ理由はなんなのでしょうか。
その能力ゆえに苦しいことや辛いこともたくさん起こります。
表題となっている短編、光の帝国は太平洋戦争の頃のお話。
己の持つ特殊な力を持っていることもあり、世間で生きていくことが
難しくなった常野の
子どもたちが、山の奥で老人の教師とともにひっそりと
くらしています。

そこへ、日本軍が彼らを拉致しようと迫ってきます。
その能力を戦争に活かそうとしていたのです。
戦争中、ということもあり、充分な助けを得ることもできず
悲しい結末となります。
彼らは毎晩、お祈りの言葉を呟いていました
あのまばゆい光が生まれた場所へ、みんなで手を繋いで帰ろう。

何もかもが生まれてくる世界。
何の区別もなく、ただ皆が存在している、そんな静かな
満ち足りた世界に
彼らは帰ることができたのでしょうか。

特殊な能力を持つ彼らは、とても穏やかで知的な人々です。
そんな彼らが悩み、苦しみ、戸惑いながらも自分の運命を
受け入れて覚悟を持って歩いていく姿に胸が打たれます。
多くの苦しみを経験しているからこそ、他人の苦しみや
悲しい気持ちに敏感であるのかもしれません。

将来が見える山、都会の片隅にある小料理屋、会社の
オフィスに高校の校舎。
シチュエーションや登場人物たちが、時を変え場所を変えて
その能力を使い、時にはその能力を目の当たりにしながら
生きていきます。

特殊な能力を持つからといって、かっこいいヒーロー!
というわけではなく、ひとりの人間として思い悩み、そして
覚悟を決めて生きている人たちの物語です。
最後に、また何らかの出来事が起こるに違いない…
という余韻残して結末を迎えます。

今後、誰がどのように戦っていくのか。
また戦わないにしても、どのように生きていくのか。
どこまでも彼らを見守っていきたい。
そんな風に思わせてくれる物語でした。

心が揺さぶられる 「言葉」の力

『本日は、お日柄もよく』の

イラストブックレビューです。

 

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

本日は、お日柄もよく (徳間文庫)

 

 OL二ノ宮こと葉は、幼なじみの結婚式で
涙が溢れるほど感動するスピーチに出会う。
それは伝説のスピーチライター、久遠久美の祝辞だった。
久美のもとへ弟子入りし、スピーチを学ぶこと葉。
そこへ、政権交代を叫ぶ野党のスピーチライターに
抜擢された!

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 そんな彼女が感銘を受けたスピーチとは。
幼なじみ、あっくんの父親がかつて発した言葉を、
おそらく息子にもかけるであろうその言葉を手向けた女性。
会場は一瞬にして、新郎のことを想う亡き父親の姿を
その脳裏に浮かべ、心から新しい夫婦をお祝いしたい気持ちに
させてくれたのです。

作中、結婚式でのお祝いスピーチは、久美が新郎に向けたものと、
こと葉が会社の同僚に向けたものがあります。
どちらもお祝いするほう、されるほうの気持ちがぎゅっと
詰まっていて、とてもあたたかい気持ちになり、涙が出てきて
しまいます。自分がこの会場にいたら、「ああ、いいスピーチだなあ。
新郎新婦と友人は、すごくいい関係なんだなあ」と、自分もその場にいれた
こと、彼らの幸せのおすそ分けをもらえること、彼らと共に
祝えることに幸せを感じると思います。

後半は政界への進出を決めた幼なじみの、スピーチライターを
引き受けることになったこと葉。政治の世界では、やはり状況の
調査と分析が必須です。スピーチライターという仕事は、
スピーカーが政治家であれば政治や世論を、会社の社長であれば
その事業内容や実績、目標などなど、多岐に渡って把握せねば
ならないことが多いようで、びっくりします。

スピーチ内容にしても、スピーカーが普段使わないような言葉を
出すと、聞く方は違和感を感じます。そして、聴き手にはっきりと
伝わる言葉を選ぶ必要もあります。ですから、聴き手がどんな世代、
性別、層なのかなども考慮せねばなりません。

大変なお仕事ですねえ。
こと葉は、まだ二十代ですから、勤めていた製菓会社を辞めて
スピーチライターの仕事に専念すると言っても、まだまだ経験が
足りません。師匠の久美の力を借りながら、懸命にこなしていきます。

自分には何の取り柄もない、と思っていたこと葉が、こんなに夢中になって
スピーチライターの仕事に取り組んでいるところを見ると
胸が熱くなります。大学を出て、特にやりたいこともなく、
それなりに名のある会社で、できればのんびりやっていきたい。
そう思っていたこと葉。

しかし、衝撃的なスピーチに出会ってからは、普段以上の行動力を
発揮し、初めてだらけで、しかも緊張するような場面を何度も
乗り越えていくのです。

会場がひとつになる。そんな言葉の力に魅せられて、紡ぎ出す
こと葉の言葉は、聴く者をハッとさせます。
それは、言葉の力を理解し、大切にする 彼女の真摯な気持ちが
聴く者に伝わるからなのだと思います。

スピーチでこんなに泣かされるとは。
そしてそれは、心地よい涙なのです。
言葉を共有することで、気持ちを共有できる。
そんな素敵な体験をさせてくれるお話です。

ガッチガチの仕事人間が父親になるまで

『その時までサヨナラ』の

イラストブックレビューです。

 

【文庫】 その時までサヨナラ (文芸社文庫)

【文庫】 その時までサヨナラ (文芸社文庫)

 

 

別居中の妻子が、旅先で列車事故に遭遇した。
仕事のことしか頭にない悟は、奇跡的に生還した息子を
義理の両親に引き取らせようとする。

だが、亡き妻の親友だと言う謎の女があらわれ、
事態は思いがけない方向へと展開していく。
女の正体は何なのか。そして、事故現場から見つかった
結婚指輪の意味は。

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出版社に勤める悟は、担当する作家が売れっ子となり、
仕事も順調。自分にとって、嫌な態度を取る人間は、自分に対して
嫉妬しているのだ、と考えています。
実際、悟は仕事ができて、実績もあるので、視界が狭いというか
相手に対する思いやりや、相手の立場を考えるような思考は
ほとんど持ち合わせていないような仕事人間です。

そんな状況で、家庭を顧みることを一切しません。
奥さんがもう少し子供を見て欲しい、といっても聞かず。
とうとう呆れて奥さんと子供は、奥さんの実家に帰ってしまいます。

ここまで自分中心の男性っているのでしょうか?
何で結婚したのさ、って話です。
悟曰く、妻に無理やり結婚を迫られて、という事のようですが
それにしたって家族としてやっていきましょう、と約束した
相手に対する態度としては酷すぎます。

事故後、4歳の息子を引き取りますが、コンビニ弁当を
与えて、自分から何か話しかけたりお世話したりなんかは
一切なし。幼稚園の送り迎えもしない。
子供の面倒を見るために自分の仕事を調整する、という頭が
ないんですね。自分の夫だったら蹴り入れてますね。

そこへ、謎の女性が登場。
妻の親友というその女性のことを、息子がとても慕っています。
女性は、妻から夫と子供を頼む、と言われたのでやってきた。
あなたを父親として教育する、と主張し、料理や洗濯、掃除などを
教えようとします。

当然ですが悟は拒否。彼女を追い出そうとすると、息子が
精神不安定な状態に。それでも仕事が忙しい悟は、まだまだ
家庭を整える状況までは至りません。

そんな時に、仕事で重大なミスが起こります。
直接悟が犯したものではありませんが、言い訳ができない状況です。
これまで培ってきたものが一気に崩れ落ちていくほど。
これはつらい… でも自分のせいなんだぜ、と思ってしまうのは
母親の立場で読んでいるせいでしょうか。

ここから気持ちを入れ替えて、家事の教育を受け、息子との
距離も徐々に縮めていきます。
自分と仕事が中心の人がパラダイムシフトするには、天地が
ひっくり返るほどの事が起こらないと難しいんだなあと
思いました。それだけ集中して仕事してた、ってのも
あると思いますが。この出来事をきっかけに、悟も会社に対しての
スタンスが変わっていきます。

そして、悟を父親として教育しようとする謎の女。
これは、何となく正体がわからなくもないですけどね。
しかし、妻の友人とはいえ、突然家に上がり込んであれこれ指図するって
気味が悪いですよね。まあ、悟がそれを断固拒否できない理由は、
子供の面倒を見きれていないから。正体不明の女に頼らざるを得ない部分が
あったのですね。

妻が生前何を思っていたのか、何をしようとしていたのか。
そこが解明されたとき、はじめて悟は妻を家族として理解したのでは
ないでしょうか。それができたのは、悟が相手の気持ちを考えられるように
なったから。自分が変わったからこそ、相手の思いを理解できる
ようになったのです。

ラストは号泣…とまではいきませんでしたが、映画のワンシーンの
ような、深い余韻が残る、いい終わり方でした。

最近忙しくて家庭を顧みる暇がない、というお父さん。
子供の事を考えて欲しいし、忙しいお父さんの身体を心配しているのに
ちっとも話を聞いてくれない…、というお母さん。
どちらの立場からも、グッとくる、そして家族について改めて
考えさせられる物語です。